lothar’s diary

雑記ブログ、日常で起こったことや思ったこと書きます。思索を吐き出す場所

【ネタバレ注意】シンエヴァ見てきました!

こんちゃー、ロタールです。

 

今回はこの間見てきた「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」についての感想。

10年近く待たせた結末についてです。

 

 

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意外な始まり方

4月初旬の某日、友人と二人で見てきました。

きちんと前3作は履修済み。ワクワクしながら席で始まるのを待ちます。

 

正直どういう展開になるのかが全く予想もつかない……きちんと情報をシャットアウトしてネタバレなどはほとんど見てないです。

唯一、鈴原サクラがすごく重い女という情報だけは見てしまいましたが笑

 

序盤、パリを取り戻した後には予想外にのんびりとした始まり。

第三村での日常が緻密に描写されています。

 

シンジ君が何もしたくないモードからカヲル君の死を受け入れてまた前を向くまでの過程を丁寧に描いていました。

 

前の綾波を変えたシンジ君、それに対して今のシンジ君を変えたのが今の綾波という対比がよかった。

 

綾波が消えたシンジ君はヴィレに戻る決意をします。

この時点では、僕はシンジ君の感情が上手く読みとれなかったです。

 

これまで感情を前面に押し出してきたシンジ君の感情が見えなくなるのは、彼の内面の変化を明確に示してんすね。

 

段々熱くなってくる

そして、物語は最終決戦へ。

人類補完計画を完遂するために行動を起こすゲンドウとそれを阻止するために動くミサトさんたち。

 

13号機を破壊するために躍動するヴンダーとアスカ、マリ。

どうしても破壊できない13号機にとどめを刺すために使途の力を行使するアスカですが、敵の目論見こそがそれ。

 

決死の覚悟も敵に利用されてしまいます。「破」の時もそうでしたが、アスカは犠牲になりがちな気がします……

 

そしてもう補完計画を止めるすべもない……と、その時シンジ君が満を持して登場します。

 

父を止めるために「エヴァに乗る」と主張するシンジ君。

恐らく今まで一切の感情を押し殺して人類のために戦ってきたミサトさんが、昔の感情のままの彼女に戻っていくのはシンジ君の成長故でしょうか?

 

そしてマイナス宇宙でのゲンドウとの最終決戦。

といっても実際にそこで行われたのは「対話」です。

 

大切な人の死を乗り越えたシンジとゲンドウ。

その悲しみを越えたか否か。それが二人を分けたのだと思います。

 

また、ゲンドウは不運なことにそこで大切な人の死を乗り越える方法に気づいてしまいます。

 

――シンジの中にユイがいる。

 

これは事実であり、同時に比喩でもあるのでしょう。

こうなってしまったらゲンドウにはもう前に進む理由がありません。そしたら、後はシンジ君のやりたい放題なわけですよね。

 

マイナス宇宙では槍を使うことで現実を好きに書き換えられる。

そして、そこでシンジ君が導き出した「答え」が、物語の結末になるのですね。

 

このあたりのシーンは様々な表現方法が使われ、戦闘していますが、実際はすべて心の中の話。というのがちょっとわかりにくい所ですね。

 

ぶっちゃけ気持ち悪かった

しっかり最後まで見て、僕がまず最初に思ったことは「気持ち悪い」です。

 

恐らくエヴァで表現したかった事は人の清濁入り混じった感情の寄せ集め。

それを緻密に練られた筋に貼り付けていくことで重厚な物語が結果として浮かび上がります。

 

思うに、登場キャラの多くは感情を前面に押し出しています。

それは表現したいこと自体が感情だから。

 

それが後半になればなるほど強く伝わります。

監督のやりたいこと、見せたいことを全力で表現している。

 

その桁違いに直接的な表現に、思わず気持ち悪さを覚えました。

 

――誰が言ったか、「創作は自慰行為である

自分の欲望に従って、描きたいものを描く。それが欲望から直接的であればあるほど、人はそれに魅せられる。

 

それを世に出すからこそ「作品」になるわけであるが、これは明確に「商品」とは異なる。

商品とは、作品の主軸が「作者の表現したい感情」であることに対して、その主軸が「人に快を与える」ものである。

 

単純に快を与えるためには、これまでに確立されてきたメソッドが存在し、それを上手く当てはめることにより、人を引き付ける。

つまり「商品」には表現したいという感情が介在しない。

 

 

僕は「作品」の極地に近いものが今回のエヴァなのかな、と感じました。

 

人の自慰行為見たら気持ち悪くなる人の方が多いですよね。

普段はそれが自慰行為だと認識してみてないから、そんな感情が僕に発生することはありませんが、それを感じてしまうほどの直接的な「作品」

 

だからこそ、面白かったのではないかと思います。