いわゆる自由業は幼いころの僕の憧れだった。自分のしたいことを仕事にして、それだけをやって暮らしていける仕事。僕の幼いころには、 一般的な子供より少し特殊な状況で、自由業の人が周りに結構いたと思う。定職についていないだけの人も居たし、本当に自分のやりたいことをやり通している人も居たし、やりたいことで食っていくために努力している人も居た。
幼いころの僕は、そんな夢のある彼らにあこがれた。僕もいつかはそうなりたい……そんな夢を抱いて大きくなった。
そして大きくなった僕は順当に大学に行き、社会人として上京した。幼いころに夢見ていた未来とは大きく乖離した現実を歩んでいる。まだ憧れはあるけれど、ある程度安定した社会人の生活というものに慣れてしまって、中々そこから抜け出そうとは思えないでいた。
そんな折、昔憧れていた自由業の人と話す機会があった。今や世界中を飛び回って仕事をする、その業界でのプロフェッショナルである。彼とはもう10年以上の付き合いになるので、かなり気心の知れた相手だ。
僕が社会人になったということもあってか、話す内容のほとんどが仕事の話だった。僕が今後、現実的にどうなっていきたいか、みたいな話をして、その方の仕事の話も色々聞いた。
話を聞いていて思ったのは、その方は僕の想像していた方向とは違う具合に苦労しているということだ。
僕は自由業の苦労する所って、利益を一定の水準で出し続け、さらにそれを拡大させることだと思っていた。それもあるにはあるそうだけど、その方は大枠で言えば、人間関係の方が大変だ、と言っていた。
色んな所を飛び回っていても、人との関係からは避けられない。いや、飛び回っているからこそ、他人との関わりは必然的に増えていく。それが増えていけば行くほど、そこに問題も生じるようになる……
昔に思っていたほど自由じゃないんだな、と僕は思った。いや、何となく昔から察していた。でも夢や憧れが、普通の社会人と似たようなもので苦労していると思いたくなかった故に、目を背けていたことだ。どこまで行っても人。人が関わるところにしか仕事は生まれないし、問題も生まれない。
自分のやりたいこと、好きなことやって生きている人でも、そこからだけは逃れられないのだ。それを思ったら、社会人と自由業も変わらないのかな……と思ったり。
違ってくるのは、自分で全部決めているか、誰かに指示してもらってるか。本質的にはその程度の違いしかないのかな?
どうやら僕が社会人として苦労している話は自由業になっても付きまとうことになりそうでちょっとガッカリした。僕は一生この人間関係という問題に付き合い続けなくてはならないのだろう。