結婚式に金をかけたくない
ーー結婚式にお金をかけるかどうか。
友達と話していてそんな話になった。友達は自分にこだわりはないから相手に合わせる、と答えた。対して僕は「いやぁ、結婚式にお金はかけたくないかな」と答えた。特に深く考えた訳ではなく、直感でそう答えていた。
「なんかさ、結婚式って自分たち結婚しました!っていう他人へのアピールじゃん。それにお金かけるのって自己顕示欲満たしたいだけというか……」
理由を聞かれてそんな感じで答えていたと思う。
「あ、でも海外旅行して、そこで結婚式あげるとかなら全然金かけていいや」
ふと思いついてそう言う。これも深く考えていない。
最初はまぁ分かるよ……みたいな感じで聞いていた友達はここで疑問を呈す。
「いや、意味わからん?普通に結婚式するのはお金かけたくないけど、海外旅行付きならいい?なんでそうなる!?」
そう思ったからなんだけどな……ちょっと自分でもよく分かんなくなってきたな……と思いながらも訥々と管を巻く。あーだこーだ言っては、イヤでもの応酬が続く。
漸くして、答えがポツリと漏れる。
「いやなんかさ、都内の一等地で結婚式とか楽しくなさそうじゃん……」
「楽しくなさそう……ねぇ」
「あ、そっか。楽しくなさそうなんだ。僕はいくら結婚式に金かけようとそれが別に楽しくならなそうだから嫌なんだ。逆に海外旅行中の結婚式は楽しそうだから金出していいと思えるんだ。」
ようやっと気づいたことをそう反復する。話している間に自分の気づいていない部分に気づくなど、ソクラテスの問答法のようだ。まさか、友人の彼はソクラテスの生まれ変わりか?
高校の頃から僕は、「楽しいことなくなったら死ぬ」を信条に生きている。そのため自分が楽しいと思うことについてはかなり突き詰めて生きてきたつもりだったんだけど、どうやらそれは無意識に対してもしっかり作用しているようだ。
座右の銘が、無意識に行動を変えているということだろう。引き寄せの法則って結局こういうことなんだと思う。いいことが寄せられてくる訳じゃなくて、無意識にいい事ばかりが目に付くようになるんだろうな。
自分の行動原理が改めてはっきりしたことでスッキリ。明日からもこれを信条にして生きていけそうだ。
ちなみに、お金がいっぱいあればそもそも「結婚式にお金かけたくない」という思考になりません。これは「限られたリソースをそこに消費するか」という前提のもとに立った話です。