先は長くなさそうで
「おばあちゃんに会いに行く?」
母からそんな連絡が来たのは、確か帰省の一週間前くらいだったと思う。
祖母が施設に入った、という連絡を受けたのは去年の夏のことだった。祖母は元々酷い認知症で、前回会った時には歩くことすら上手くできない……みたいな状態だったので、施設に入ったこと自体はあまり驚きはしなかった。
僕がこの時に思ったのは、「行っても僕のこと覚えてなくて、喜んでくれやしないのではなかろうか」という不安だった。でもそれをそのまま行かないという結論で伝えるのはなんか寂しい気がするし、そんな思いがあるから「行く!」とも言い難い。結局僕は思ったことをそのまま返信した。
結局帰省の際、母は「おばあちゃん、次は無いかもしれないし会いに行こうか」と言った。やっぱこれ行く行かないを答えなくて正解だ。母の中では「行く」で決定していたのだろう。
にしても僕は詳しい状況は聞いていなかったのだけど、「次がないかも」なんて。この次というのは僕が次に福岡に帰ってくるであろう来年の年末のことを指している。つまり「あと1年もたないかもしれない」ということだ。そんなに衰弱仕切っているのか……
ーー年始から車で祖母のいる施設へ向かう。面子は僕の両親、妹、そして祖父だ。祖父は祖母よりも年齢は上のはずだけど、僕のことはしっかり覚えているし、車の運転も出来る。今は祖母が施設にいるので一人暮らし。
マスクをつけて受付に行き、いくつかの手続きを済ませる。
テーブルのある部屋に通され、しばらく待っていると、車椅子を押されて祖母が来た。目の焦点が合わず、手先は常に震えている。
車椅子をテーブルの横につけると、施設の人は去っていく。祖父が懸命に話しかけるが、反応は薄めだ。
「ばあちゃん?分かる?孫の(本名)よ?」
僕は祖母に向かって語りかける。祖母は何度も頷いたけど、視線はこちらを向かなかった。頷くってことは分かるのだろう……それは少し嬉しかった。
それから祖父は買ってきたおはぎを食べさせた。祖母も箸はまだ持てるようで、ゆっくりと時間をかけておはぎを食べていた。震えながら少しずつ頬張る姿は、あまり見ていられるものじゃなかった。なんだかこちらの心が辛くなってくる。あんまりにも弱々しくて、自分が触れることで壊れてしまうんじゃないかと恐ろしくて触れる事が出来なかった。
祖母はほとんど話すことはなかったけど、僕や僕の両親のことは分かるようだった。それだけは救いだった。「あんた誰ね?!」と言われることを想定していたけど、そんな元気もなさそうだった。母の言っていた「次は無いかもしれない」が身に染みた。
面会は15分だけで、ほとんど話すことは出来なかった。でも、祖母の状況だともっと時間があっても話すことはなかっただろう。これくらいでちょうど良かったのかもしれない。
ーー覚悟をしておかなくてはならない。なんて思った。次に祖母の顔を見るのは施設では無いかもしれない。先日、祖母を亡くした幼なじみの言っていた言葉を思い出す。
「やけんさ、俺は思うのよ。会えるうちに会える人には会っておこうって」
僕は今回祖母に会わなかったら後悔しただろうか……分からないけれど、死に対して覚悟を決めることは出来なかったかもしれない。そういう意味で、今回会っておいて良かったと思う。