長岡には生姜醤油ラーメンを食べる為だけに来たのだけど、せっかく来たのだから観光もしていきたい。というか旅行なのだから、そこまでやるべきだろう。と思っていた。
こういう時、いつもの僕なら地方の観光パンフから行きたい場所を選定して、そこに行くのだけど……今回は残念なことにパンフを見つけられなかった。なので、Googleマップで探すことにする。
すると見つかったのは河井継之助記念館と山本五十六記念館。山本五十六は分かるけど……正直河井継之助は知らない。でも、どうやらここで御城印(御朱印のお城バージョン)が手に入るとのことなので、行ってみることにした。
地域の有名人を知るのも観光の楽しみ方の一つだ。目標は河井継之助がどんなことした人なのか説明できるようになることだね。

ということで駅から歩いて15分ほど。河井継之助記念館を発見。のぼりがいっぱい出てて一目で分かる。

立ち看板も発見。この方が「河井継之助」らしい。見た感じ幕末?写真が残ってるし、武士の格好ということでそんな予想ができる。
中に入るとおじいさんがでてきた。入館料は300円との事。よくあるどこで収益立ててるのか、よく分からない金額設定だ。こちらとしてはありがたい。

入って最初に目に飛び込むのはガトリング砲。これはレプリカだけど、河井継之助が使ったガトリング砲らしい。これで防衛戦をしていたとのこと。
1階、2階に展示がびっしり。しかし基本写真撮影禁止である。
なので記憶を掘り起こして語っていく。河井継之助は長岡藩の中老(藩政の偉い人)で藩政改革を行い、長岡藩の発展に貢献したが、薩長による倒幕運動に巻き込まれ、藩のために戦った人である。
その経歴が事細かに記されており、ゆかりの品もいっぱい。茶碗や書、家系図などもいっぱいあった。
「次は商人の時代が来る」と予見していた人であり、経済活動を重視していたそう。最後は反幕府軍との交渉に決裂し、戦争。一度は城を奪われるも突飛な作戦で取り返すという華々しい戦果を上げる。しかし最後は物量には勝てず……
そんな人生が事細かに記されていた。
長岡のために戦った人というのはよく伝わり、地域から愛されてこうして記念館が出来るのも納得の人だな、と思った。
なんというか少しこの土地のことが分かったような……そんな気がしていい施設だなぁと思いました。

最後にきちんと御朱印も手に入れた。河井継之助が必死で守ろうとした長岡城。
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河井継之助記念館