河井継之助記念館を出て、さらに駅から遠く離れる。少し歩いていると次の目的地が見えてくる。

山本五十六記念館。歴史の教科書にも出てくるし、知っている人も多いだろう。戦時中の海軍司令官だったことで有名な人だ。
山本五十六の故郷がここ長岡だったそうで、だからこその記念館。しかし河井継之助とは違い、のぼりは全然出てない。駅の広告もこっちではなく河井継之助の方だった。
この施設も入場料500円。1階が丸々資料展示になっている。ここは最初から全部撮影禁止。至る所に注意書きがある。
河井継之助以上にゆかりの品が集められていた。特にびっくりしたのは学生の時の勉強ノート。ベンジャミン・フランクリンに憧れて「不乱苦林」という名前をつけた英語勉強用ノートだ。これはさすがに残されて展示されているのが可哀想である。ちゃんと黒歴史だろ……どこまで収集してんだよ……
他にも使ってた傘、トランプ、果ては帽子まで。色んな品が残されていた。しかしここの展示で最も驚くべきは中央のそれ。山本五十六の最後は、ブーゲンビル島でアメリカ軍の攻撃を受け、墜落したのだが、その時の戦闘機の翼がそのまま残っている。これは実際に現地の方から譲り受けたものらしい。
翼にはデカデカと日の丸。所々がひしゃげていて、その最後の悲惨さが容易に想像出来る。絶句する品だった。
これだけでも一見の価値あり。というかこんなに凄いもの置いてるのに全然宣伝無いの何?もっと色んな人に周知されるべき、すごい展示じゃない?
他にも知らないことが多く、面白い展示だった。元々の姓は山本じゃなかったこととか、本人は米国と対立することにめちゃくちゃ反対していたこととか、それでも戦うとなれば命を懸けたこと……僕の中で山本五十六がただ強そうな歴史の偉人から、過去に生きていた明確な誰かに変わった瞬間だった。
考えさせられるし、同時にとても興味深い展示だった。ちなみに戦闘機の翼は数年後にブーゲンビル島に返還されるかもしれないらしい。これは今のうちに見に行くべきだろう。

少し歩いた所に山本五十六の生家も残されている。木造の何の変哲もない家だ。これが残っていることで、街の人たちからも親しまれているんだとよく分かった。

生家の近くには胸像もあった。かなり上から僕らを見下ろしている。この平和な街をどんな気持ちで眺めているのだろうか……
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