ヨルシカの新曲「火星人」が久々にハマった
僕は「好きなアーティストは?」と聞かれると必ず「ヨルシカ」と答えている。ヨルシカの作詞・作曲であるn-bunaさんは元ボカロPなのだけど、この頃から好きでずっと追っているアーティストである。
しかし、昨年末に発表された葬送のフリーレンのOPである「晴る」以降の新曲は「まぁ好きではあるねんな。でもめちゃハマる!って程でもないんだよな」って感じだった。なので新曲はカラオケで歌える程度にしか聞いていない。僕の一番好きなアルバムである「盗作」を無限ループして、「春泥棒」聞いて以前のライブに思いを馳せる。ここ一年の僕のヨルシカに対するスタンスはこんな感じだった。
――だがつい最近リリースされた新曲「火星人」
これは久々に刺さった。抜けないくらいぶっとい棘が心の底に突き刺さり、僕は火星人のヘビロテを余儀なくされた。良。久々にかなり良。
僕のヨルシカの楽曲の楽しみ方はなんとなくの雰囲気を感じ取って、あとはメロディ―が好きかどうかみたいな浅い感性で受け取っている。歌詞の引用が色々あるのは知っているけど、それは二の次。音と雰囲気だけ楽しんでいるのだ。例えば先に話に挙げた「春泥棒」なら、その題名に反して異常にすっきりした別れの春、と言うイメージ。あとは僕には語彙の足りないメロディーを楽しんでいる。
その楽しみ方からすると「火星人」はこれまでになかった雰囲気なのだ。不詳。不詳で陽気でバックボーンの見えない雰囲気。「思想犯」と似てはいるけど、あっちにはあった後ろ暗さがない。日常の中にポツンとある、外見だけ取り繕った狂人。それを中と外から同時に眺めるような、そんな雰囲気を感じられる。
メロディーはかなり陽気で「ブレーメン」や「ルバート」を想起させる。でもそっちには”不透明さ”や"不詳"といった雰囲気は感じられない。明るい。
曲の雰囲気として透き通ってもいないし、形がはっきりともしていない。じんわりと中身が見えそうで見えない、擦りガラス越しに景色を見ているようなぼんやりさ。そしてチラリと一瞬だけ表情を変えるように残る劣等感のような暗さ。あ~、良すぎ。
ちょっと歌詞に触れると、久々かなり好きなフレーズがある「僕の苦しさが月の反射だったらいいのに」と「僕の価値観が脳の反射だったらいいのに」
なんつーんだろう。自分の感情すら他人事のように、よくわからない状態と決めつけたいような感じに聞こえる。主観としてはっきり見えているものを、わざとぼんやりさせて麻痺するような……そんな感じ。
ちなみにn-bunaさんの作詞で一番好きなのはボカロP時代の楽曲である「ルラ」の「アイスクリイム並みの幸せで」。これ、逆に今のn-bunaさんには絶対に書けない歌詞なんじゃないかな。
何にしろ久々にハマってしまった。これ「小市民シリーズ」なるアニメのOPらしいんだけど、それを見たら楽曲の感じ方がまた変わるのだろうか?
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