また気持ち悪い小説を読みました【正欲】
誕生日に友人から本を貰った。曰く「なんとも言えないような感情になる」とのこと。

それがこの本。「正欲」。読む前の自分には戻れないーー。なるほど。こういう本は大抵ノンフィクションで現実に根付いた問題を突きつけてくる。独特の読後感があるよね。
ということでとりあえず読んでみる。生活の隙間でちょこちょこと読み進めて、半月程で読了。
リビングで読了して、風呂上がりの友人にまず一言感想。
「……気持ち悪いなぁ」
その感想に友人は大笑い。おそらく彼も似た感想だったのだろう。
うん、とても気持ち悪いし、後味も良くない。読んでいて気持ちいいものではない。ただ考えさせられる。
物語の最初は、ある事件の記事が躍り出る。それは公園で男子児童の卑猥な画像や映像のやり取りをしたという児童ポルノの何とかって法律違反。
なんの事やらってスタートだけど、この事件の真実へとだんだん近づいていく。
複数人の視点から語られる群像劇だが、強いて主人公をあげるなら、「佐々木佳道」だろう。彼は水に対して性的興奮を覚える異常性癖の持ち主。それが正しくないことだと意識して生きてきた。そんな中で偶然というか、運命というか……そんな感じで、同じ性癖を持つ女性である桐生夏月と、偽装結婚する。それは同じ性癖同士、生きづらい世の中を生き抜くために助け合う契約だった。
ここまでが前半。いく人もの登場人物が、各々の視点から自分の「正しさ」と「正しくなさ」と語っていく。他の語り手である寺井や神戸は特に異状性癖を持つわけでない。この物語に置いては「正しい人間」。として描かれている。
「正しい」側と「正しくない」側。正しい側は反対側を理解すらできない。正しくない側は正しい大多数から分かって貰えない。そんなジレンマを書いた作品だと思う。最後には神戸が正しくない側への歩み寄りを見せるが、それも何も成されることもなく終わる。明確な答えは出さない。不快な対立は何も解決しないまま、誰もが不幸になって終わる。
その不幸の結果が最初の事件で、正しくない側の人間が、大多数の理解できる形に歪められて罪を被せられた結末になっている。
これを読んで素直に思ったのは、「自分にはどちらもあるのだろう」ということ。僕の大部分は正しい側、つまりマジョリティのそれだろう。けど、そうじゃない部分もある。というか大抵の人はどこか一部分がそうであるだろう。それを抱えながら生きている。なので、両者どちらにも共感できる部分とできない部分がある。
この事実が、無意識のダブルスタンダードを自覚させる。僕はある一面では正しく他人を排斥し、またある一面では誰かの排斥に反感を持っている。そんなことを自覚させられるのだ。
だからこそ、「読む前の自分には戻れない」のだろうね。あー、気持ち悪い。自分にも当てはまる部分があるから気持ち悪い。とても良い本だった。