lothar’s diary

社会人3年目のSE雑記ブログ。毎日20時更新

両親にお疲れ様

先日妹が実家を出た。僕は2人兄弟の兄で、妹とは2つ離れている。もちろん僕は実家を出ているので、これで兄妹両方家を出たことになる。それは子供が自立したことを表し、同時に両親の子育てが完全に終了したことを意味する。

 

妹の引っ越しの手伝いに来ていた母は何かやり切ったような雰囲気が出ていた。いつもほど慌ただしくなく、どことなく落ち着きが出たように見える。しかしまぁ、息子が言うのもなんだがまだまだ若々しい。これが子育て終わった途端に老けたりしないか心配である。ほら、仕事を定年でやめたら途端に老けるってよく聞く話だし。まぁ……でもまだ仕事は辞めないらしいし、しばらくは溌剌としていることだろう。

 

妹の引っ越しの手伝いが終わった後、母と途中まで帰り道が同じなので少し話ながら歩く。母は「あの子飲み物買わなくて大丈夫かね」なんて未だに心配していた。「一人暮らし始めたらなんだかんだうまくやるよ」と言ってもその心配はぬぐえないようだった。

 

「妹も家出たし、これで完全に子育て終了やんね、お疲れさまでした」

 

会話が途切れたタイミングで、ふと僕は声に出した。子供である自分が言うのもなんか変だなぁって思いながらも口に出さずにいられなかった。

 

「ほんとにもう、大変だったよ」

 

母はそう答える。でも回答とは裏腹に、その声に大変さのようなものは感じられなかった。むしろ感じるのは少しの寂しさ。実は、父は今単身赴任しており、母は帰ったら1人で生活することになる。寂しさを覚えるのも無理からぬ話だろう。家族4人が10数年過ごした家だ。1人で使うにはあまりにも広すぎる。

そんな母に思いを馳せ、少しだけ寂しい気持ちになった。これから母は何をして生きるのだろうか?ママ友とご飯行ったり、好きなウェブ小説を読み漁るのだろうか?他に誰もいないからと食事が適当になったりしないのだろうか?出来るだけ呆けずに、長く元気にいてほしいものだ。

 

「頼むからまだまだボケないでよね。あと20年は健康でいてよ、まだ介護したくないから」

 

僕は素直に心配を述べるのがなんだか気恥ずかしくて、冗談交じりにそう告げた。僕が会うたびにそのセリフを言うせいで、母は「はいはい」と生返事。そのうち分かれ道に到着して「じゃ、元気でね」と言って別れた。

 

本当にお疲れさまでした。心の中で感謝の意とともにその言葉が湧いた。

両親には感謝以外にも色んな感情が入り混じるけど、距離が離れて会うことも少なくなって、「他人」とも言えかねない関係性になったいま、一番最初に出てくるのはそれだった。

色々あったけど、それがちゃんと最初に出てきたのだから、僕は真っ当に愛されていたのだろう。あぁ、そんな愛に報える人間に成れている気はしないなぁ。両親は報いてほしいとも思ってないだろうけど……でもまぁ、今度から実家に顔を出す回数増やすか、とはぼんやり思った。僕にできるのは今のところそれくらいだと思う。