lothar’s diary

社会人3年目のSE雑記ブログ。毎日20時更新

「華氏451度」読後にヨルシカの「451」を聞いてみる

先日、「華氏451度」という小説を読んだ。この小説はアメリカの小説家「レイ・ブラッドベリ」によって1953年に書かれたSF小説である。

非常に面白かったこの小説、読むきっかけになったのは「ヨルシカ」というアーティストの「451」という楽曲。名前からよくわかるモチーフ。この楽曲のモチーフとして「華氏451度」という小説があることを知った。

 

そんで興味深いことに、僕は数年前にこの楽曲を聴いた感想をブログに残していた。曰く、「ボーカルがsuisさんじゃなくてn-bunaさんなんだけど!」という驚き。あとは「創作の炎を燃やして、燃え尽きる瞬間を想定してるんじゃないか」と。

 

まぁ、小説を読了した後でも、燃やしてるのは「創作の炎」ということは異論は無い。多分そう。でも、皮肉込みのように思える。

作った楽曲が人を惹きつける。楽曲それ自体が炎である。その炎は作中では何も考えない人々が楽しむものとして表現されている。

 

そこから考えると、これは視聴しているファンに対する皮肉だ。「俺の作るものであれば無条件になんでもいいと思ってんだろ?じゃあ燃やしてやるよ!」とも取れそうに思うのだ。音楽としての評価ではなく、アーティストそれ自体の評価がそのまま音楽に……ということに対する皮肉。小説無いで燃やす本の中身など、どうでもいいことと同じだ。

 

なんて考えることも出来るが、その逆も然りと言えそうだ。n-bunaさんがベイティー隊長のように、それが一番いいと思ってるから燃やし続ける。何も考えずにn-bunaさんが出力したものだけを楽しみ続ければいい。そういう風に取ることも、出来ないことは無い。

ただ1つ言うなら、炎が創作であることは間違いないんじゃないかな、と思う。

 

その上で、僕は皮肉説を推す。なんかね、n-bunaさんがそんなストレートにファンのことを思っているとは思えないんよな……n-bunaさんが歌ってるのだって、無条件に信奉している人に対する批判的意味が込められてると思う方が自然だよね……僕、これめっちゃ良いと思ったんだけどn-bunaさんからしたら、無条件の信奉者の1人だったのかもしれない。

面白いね。

 

 

 

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華氏451

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