lothar’s diary

社会人3年目のSE雑記ブログ。毎日20時更新

「まだ回収してない伏線がある」って言葉が嫌い

有名漫画の終わり際、インターネットでよく見られる言葉がある。

 

「まだ回収していない伏線がある」

 

正直に言って、僕はこの言葉があまり好きではない。

 

僕が漫画に置いて、“伏線”という言葉を聞くようになったのは、確か考察系YouTuberが始まりだったと思う。

その中でもワンピースの考察系。ここで伏線という言葉をかなり聞くようになった。物語のこの展開は、〇〇巻の表紙で暗示されていた!とか、一巻のあの描写からこの展開が予想できた!……とか。物語に散りばめられた伏線を読み取って先を予想しよう!って人が多かったように思う。

さらにはワンピース公式からも「全伏線、回収開始」なる広告が出されたりして、それを公式側もしっかり認識して答えているように見えた。

 

そんな風にして広がっていった漫画における伏線。これはワンピースだけでなく、様々な漫画に対して言われるようになった。いや、以前から伏線という概念はあったのだけど、それが声高に叫ばれるようになったように思う。

ワンピースはそれを公式すら推しているから別に良いのだけれど、どの漫画も同様に伏線を扱っているワケじゃない。そして伏線というのは、ワザワザ公式が語る訳でもなく暗示するということも多々ある。読者の側が「これは伏線だ」と解釈して声高らかに「まだ物語の謎がある」と宣言するのだ。

 

「まだ回収してない伏線がある」というのは、そんな解釈の化物から発される言葉だ。もうすぐ終わりそうな自分の好きな漫画に対して、終わってほしくない思いを込めてそう発する。

 

ちょっと具体例を挙げよう。ここから呪術廻戦のネタバレ注意だ。

 

 

 

呪術廻戦には五条悟という最強キャラがいるのだけど、彼は呪いの王との戦いで死亡した。その際の描写が唐突で多いに波紋を呼んだのは覚えのある人も多いだろう。

僕はあれに対して「描き方は唐突だけど五条悟という人間の終わり方としては良かった」と思っている。確かに文句垂れるような部分はあれど、あれはあれで五条悟を上手く完結させたなぁと思っている。

 

インターネットでは「五条の死亡シーンにはまだ回収されない伏線が残っている!五条はきっと復活する!」という意見があった。僕としては綺麗な終わり方だったから、その伏線が何を指しているのかすら分からなかった。でもそれを言っていた人は「五条悟という推しが活躍してほしい」という願いを込めてそう発言しているのだろうことはなんとなく察せられた。

 

発言は個人の自由なので、それ単体を取り上げて反論することはないが、僕はこの論調が好きじゃなかった。イチ読者の「こうなって欲しい」という願望を“伏線”という言葉を使って正当化しているように見えた。呪術廻戦は虎杖の物語であり、五条悟は主人公じゃない。だからその言葉が気に入らなかったんだと思う。

ーー僕の言う、虎杖の物語というのも僕の願望ではあるけれど。

 

伏線を自分の意見の正当化として使う「まだ回収してない伏線がある」と言うセリフが気に入らなかった。取ってつけた自分の正しさを作品に投影しようとしているようで、不快感があった。

今回は呪術廻戦を例としてあげたけど、他の作品でも散見される。真っ当に伏線について考えてこう発言している人もいるけど、大抵は自分の願望を投影しただけのセリフである。

 

まぁ、オタクとして推しに活躍してほしい!と言う気持ちは分かるけどね。僕も推しのナナミン死んだ時辛かったし。ナナミンの呪具でイノタクが活躍してたの嬉しかったから。