lothar’s diary

社会人1年目のSE雑記ブログ。毎日20時更新

師匠と弟子の話

上京する前に、師匠に挨拶に行った。僕は小学一年生から空手を続けており、師匠はその道場の先生のことだ。もう10年以上の付き合いになるし、マジで家族以外だと1番お世話になった人だと思う。僕が精神的に辛かった高校時代にも支えになってくれたし、返しきれない恩がある人だ。

空手道場のすぐ近くに先生の家もあり、挨拶するついでに練習をして帰ろうと思い、道着も持ってった。先生の家を訪ね、軽く挨拶して日本酒を渡す。「そうかあんなに小さかったお前が就職か」なんて言ってた。僕の人生の半分以上を知っている師匠なら感慨深くなるのも無理はない。

 

道場に戻って、道着に着替え、1人きり。道場の真ん中で形をする。昔試合前にこうして練習したものだ、と懐かしみながら、一つ一つの動作を噛み締める。

--突然、玄関が開く音がする。振り返らなくてもわかる、師匠だろう。僕はそのまま練習を続ける。師匠はしばらく僕の練習を眺め、そして指導に入る。

マンツーマンで行われる指導。師匠からこうして空手を習うのはいつぶりだろうか。余計な思考は放棄して、ただ真摯に空手に向き合う。この10数年、この場で何回もやってきた行為を繰り返す。

ただそれだけのことがなんか嬉しくなって、自然と頬が緩んでしまう。そろそろ終わろうかという時には既に1時間も経過していた。時間の経過を忘れるほどだったということだろう。
最後に師匠は「頑張るよりも楽しめよ。キツかったら帰ってきていいから」なんてことを言っていた。いや、本当はもっと色々話してくれたけど、それは僕の心のうちに秘めておく。
師匠の言葉は、やっぱり僕の本質を捉えていて、僕のためだけに紡がれる言葉だった。昔からそうだ。いつだって僕の内側を見ている。だからこそ、その言葉が刺さる。昔は毎日道場に行くのもざらじゃなかった。言うまでもなく両親の次によく顔を合わせる大人で、僕の人生に計り知れないほど影響を与えてきた人物である。
そんな人からの別れと旅立ちを匂わせる言葉で、ようやく僕は「今の生活が終わること」を感じた。これまでなんとなく、緩く終わっていたものに、明確に終わりが来ていることを実感してしまった。
師匠の言葉の最後の方は、声が震えていた。師匠は実は涙脆いし、涙腺緩んだんだろう。師匠は誤魔化すように僕に抱擁する。
「ありがとうございます」と、僕は感謝を述べることしか出来なかった。ここで僕も涙目になっていたことは気づかれていただろうか。きっと師匠のことだし、気づいてはいたんだろうな。

 

「お前は俺の一番弟子だからな」
師匠はそう言って笑顔で帰り、僕も掃除をしてさっさと帰る。帰り道は十数年通った道。懐かしさの籠った夜道を歩いていると、耐えられず涙が落ちる。1度漏れると抑えきれず、ボロボロと雫が頬を伝っていく。鼻をすすり、嗚咽をもらし、独り歩き……自分でもまさか泣くなんて思ってなくて、

 

「全部先生のせいだ」

 

--なんて震える声で呟いた。