中学校の卒業式の日、僕は盛大に遅刻した。
今でも印象深い遅刻のひとつだ。あれほど起床時に焦った記憶はあまりない。
だけどまぁ、その時の僕はそれなりに肝が座っていた……いや、開き直ってたのかな。遅刻したもんはしゃーない。急いでもあれだし普通に行くか、と。
焦った母の「車で送ろうか?」という提案を拒否し、いつも通り徒歩で向かった。
まる3年間歩き続けた通学路を一人で辿る。僕は感傷的になっていた。
この水路、あいつが朝から落ちたとこだよなー
ここで傘ぶっ壊しちゃったんだっけ?あれ面白かったな
うんこふんだよな、ここ。
--なんて一人で思い返しながら進む。本来ならいつも通り友人たちと歩いたであろう通学路を一人。まぁこれも悪くないかな、とか思いながら。
学校に着いた時には既に式が始まっていた。副担任に軽く叱られて、後ろからコソコソと自分の席まで移動する。
席の近いクラスメイト達は「卒業式遅刻とかすごいな」とクスクス笑っていた。まぁいつものことである。
卒業式はつつがなく終わり、教室でのあれこれ。卒アルに名前書いたり、集合写真で女子が泣き出したり……友達が後輩の女子に呼びたされて第二ボタンを要求されたり……
そんなありふれた卒業式の思い出。
なかでも僕は、ピアノが印象に残っている。
教室でのわちゃわちゃも終わり、浮き足立った空気も落ち着いてきた頃。ある友人に「ピアノ弾きたいから体育館行かね?」と誘われた。
彼は小学生の頃からの友人で、中学では半ば不登校になっていた。学級委員とかやってて、責任感強くて、その反動だろうとか言われていた。
彼は合唱コンでピアノやったり、家に遊びに行ったらピアノ弾いてたこともあり、それなりにピアノが好きだった。だからこそ最後に「ピアノが弾きたい」なんて言い出したのだろう。
断る理由もないし、僕は彼に同行する。2人でひっそり教室を抜け出して体育館へ。
誰もいない体育館で勝手にピアノのカバーを外し、彼はピアノを弾く。
僕は壇上で座って、彼の奏でる音色に耳を傾ける。もうどんな曲を弾いていたのかも覚えてないけれど、その心地良さだけがずっと残っている。
誰もいない、広い体育館にピアノが反響する。感傷と別れに浸るための日を彩る音。
--不意に、音が止まる。
「付き合ってくれてありがとな、戻ろうぜ」
彼はピアノにカバーかける。
かけ終わるのを確認して僕は立ち上がる。
2人で体育館を後にする。せっかく心が落ち着いたのに、また浮き足立った教室に戻るのかと思うと少し億劫になった。